さなぎ日記:あさなぎクリニック心療内科のブログです。こころの健康、コミュニケーション、おいしいお店や、映画のことも。

さなぎ日記:あさなぎクリニック心療内科のブログです。こころの健康、コミュニケーション、おいしいお店や、映画のことも。

あさなぎクリニック・心療内科の
院長ブログです。
こころの健康、コミュニケーション、おいしいお店や、映画のことも。

「木枯し紋次郎の自己犠牲」

「木枯し紋次郎の自己犠牲」 サムネイル画像
「木枯し紋次郎の自己犠牲」(「孤独を軽やかに生きるノート」で没にされた原稿です。供養だと思って、先日のweb講演会でお話ししました)孤独を恐れる人の中には、かつて無条件の愛情を十分に受けることができなかった方が多いです。そんな方が、孤独の苦痛から逃れる方法についてお話します。誰かから優しくされるのを待っよりも、自分から誰かのために何かをする方がいいです。恵まれなかった自分を、自ら慰めるようなものかも...全文を表示
「木枯し紋次郎の自己犠牲」

(「孤独を軽やかに生きるノート」で没にされた原稿です。供養だと思って、先日のweb講演会でお話ししました)
孤独を恐れる人の中には、かつて無条件の愛情を十分に受けることができなかった方が多いです。そんな方が、孤独の苦痛から逃れる方法についてお話します。

誰かから優しくされるのを待っよりも、自分から誰かのために何かをする方がいいです。恵まれなかった自分を、自ら慰めるようなものかもしれませんが、誰かの役に立つと必ずその相手から感謝されます。感謝されることは相手から承認されることです。
ボランティアを、偽善的だと感じたり、自己満足に過ぎないと思う人もいるかもしれませんが、実際にやってみればその気持ちは消えます。

本の中では、「鉄腕アトムの自己犠牲」というコラムでこれについて触れました。同様の物語は数多くあります。物語に登場するちょっと陰のあるヒーローはたいていそうです。サイボーグ009やタイガーマスクも。

ここでは木枯し紋次郎を取り上げてみます。ご存じでしょうか? テレビドラマにもなり一世を風靡した時代劇です。

紋次郎は目深に笠をかぶり、口元には長い楊枝を咥えているニヒルなヒーローです。困っている人がいるとどこからともなく現れて、困っている人を助けて、何も言わず、木枯らしのように去っていきます。

では一体なぜ、紋次郎はそんな人間になったか。それについて考えてみましょう。

紋次郎は身延道を歩いています。身延道とは現在の国道52号線です。甲州と駿府を結ぶ甲駿街道です。当時から、身延山詣での人でにぎわっていたかもしれません。紋次郎は、鰍沢にやってきました。

どこからか赤ん坊の泣き声がします。それに交じって若い女性の嗚咽も。紋次郎がその声を頼りにあばら家の扉を開けると、生まれたばかりの赤ん坊の首に手をかけようとしている母親が目に入りました。貧乏のために子供を間引こうとしていたのです。

「いけねえ。そりゃ好んで、手めえの子どもを殺す親はいねえだろう。だがなあ、おかみさん。殺される赤ン坊のほうは、たとえ相手が親でも恨みは深いもんだぜ」

紋次郎は懐から小判6枚取り出して筵に置き、女に、「金輪際間引きはやらないように」、と言い残してその場を去ります。

なぜ紋次郎は縁もゆかりもない女性に、6枚もの小判を与えたのでしょう。それは紋次郎の生い立ちに関係があります。

紋次郎は上州の貧しい百姓の6番目として生まれました。姉の下には4人の兄がいたので、紋次郎は生まれる前から間引かれることが決まっていました。口減らしのためです。

そのことに気づいてかわいそうに思った12才年長の姉は、生まれたばかりの紋次郎を奪って逃げ、翌日村に姿を現わします。その日は鎮守祭りの功徳日なので、子供は間引きをしない決まりがあったからです。姉に機転によって紋次郎は一命を取り留めたのです。

6才になった時に紋次郎は、8才年上の兄からそのことを知らされ、以後口を一切きかない子供になります。そりゃあそうですよね、本来生まれてくることを望まれなかった子供なのですから。自分には生きる価値なんかないと思い込むでしょう。
その2年後に姉が死にます。たった一人の恩のある姉がいなくなったのですから、もうここにいる義理は何もなくなりました。紋次郎は生まれた村を後にします。

「あっしにはかかわりのねえこってござんす」

紋次郎はこう言って極力人との関わりを避けようとします。ですがその一方で、何の義理もない人を、見返りもなく助けるようになりました。紋次郎自身が誰からも望まれない人間だったので、同じように気の毒な境遇の人を見捨てることができなくなったのでしょう。

人の役に立つことで、自分も生きていてもいいと感じたのかもしれません。そう考えると一抹の寂しさを感じます。

孤独をいやすためには誰かの役に立ちましょう。偽善であってもそれを積み重ねれば善になります。偽善とは、人の為に良いことをする、と書きます。

<web講演会でお話したところ、木枯し紋次郎を知っている人はいませんでした。そりゃあ、没にされますよね>
スポンサーサイト



「木枯し紋次郎の自己犠牲」

(「孤独を軽やかに生きるノート」で没にされた原稿です。供養だと思って、先日のweb講演会でお話ししました)
孤独を恐れる人の中には、かつて無条件の愛情を十分に受けることができなかった方が多いです。そんな方が、孤独の苦痛から逃れる方法についてお話します。

誰かから優しくされるのを待っよりも、自分から誰かのために何かをする方がいいです。恵まれなかった自分を、自ら慰めるようなものかもしれませんが、誰かの役に立つと必ずその相手から感謝されます。感謝されることは相手から承認されることです。
ボランティアを、偽善的だと感じたり、自己満足に過ぎないと思う人もいるかもしれませんが、実際にやってみればその気持ちは消えます。

本の中では、「鉄腕アトムの自己犠牲」というコラムでこれについて触れました。同様の物語は数多くあります。物語に登場するちょっと陰のあるヒーローはたいていそうです。サイボーグ009やタイガーマスクも。

ここでは木枯し紋次郎を取り上げてみます。ご存じでしょうか? テレビドラマにもなり一世を風靡した時代劇です。

紋次郎は目深に笠をかぶり、口元には長い楊枝を咥えているニヒルなヒーローです。困っている人がいるとどこからともなく現れて、困っている人を助けて、何も言わず、木枯らしのように去っていきます。

では一体なぜ、紋次郎はそんな人間になったか。それについて考えてみましょう。

紋次郎は身延道を歩いています。身延道とは現在の国道52号線です。甲州と駿府を結ぶ甲駿街道です。当時から、身延山詣での人でにぎわっていたかもしれません。紋次郎は、鰍沢にやってきました。

どこからか赤ん坊の泣き声がします。それに交じって若い女性の嗚咽も。紋次郎がその声を頼りにあばら家の扉を開けると、生まれたばかりの赤ん坊の首に手をかけようとしている母親が目に入りました。貧乏のために子供を間引こうとしていたのです。

「いけねえ。そりゃ好んで、手めえの子どもを殺す親はいねえだろう。だがなあ、おかみさん。殺される赤ン坊のほうは、たとえ相手が親でも恨みは深いもんだぜ」

紋次郎は懐から小判6枚取り出して筵に置き、女に、「金輪際間引きはやらないように」、と言い残してその場を去ります。

なぜ紋次郎は縁もゆかりもない女性に、6枚もの小判を与えたのでしょう。それは紋次郎の生い立ちに関係があります。

紋次郎は上州の貧しい百姓の6番目として生まれました。姉の下には4人の兄がいたので、紋次郎は生まれる前から間引かれることが決まっていました。口減らしのためです。

そのことに気づいてかわいそうに思った12才年長の姉は、生まれたばかりの紋次郎を奪って逃げ、翌日村に姿を現わします。その日は鎮守祭りの功徳日なので、子供は間引きをしない決まりがあったからです。姉に機転によって紋次郎は一命を取り留めたのです。

6才になった時に紋次郎は、8才年上の兄からそのことを知らされ、以後口を一切きかない子供になります。そりゃあそうですよね、本来生まれてくることを望まれなかった子供なのですから。自分には生きる価値なんかないと思い込むでしょう。
その2年後に姉が死にます。たった一人の恩のある姉がいなくなったのですから、もうここにいる義理は何もなくなりました。紋次郎は生まれた村を後にします。

「あっしにはかかわりのねえこってござんす」

紋次郎はこう言って極力人との関わりを避けようとします。ですがその一方で、何の義理もない人を、見返りもなく助けるようになりました。紋次郎自身が誰からも望まれない人間だったので、同じように気の毒な境遇の人を見捨てることができなくなったのでしょう。

人の役に立つことで、自分も生きていてもいいと感じたのかもしれません。そう考えると一抹の寂しさを感じます。

孤独をいやすためには誰かの役に立ちましょう。偽善であってもそれを積み重ねれば善になります。偽善とは、人の為に良いことをする、と書きます。

<web講演会でお話したところ、木枯し紋次郎を知っている人はいませんでした。そりゃあ、没にされますよね>
スポンサーサイト



コメント 0