さなぎ日記:あさなぎクリニック心療内科のブログです。こころの健康、コミュニケーション、おいしいお店や、映画のことも。

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正常性バイアスに関して思うこと

正常性バイアスに関して思うこと サムネイル画像
正常性バイアスについては以前も書きました(「正常性バイアス」)。正常性バイアスとは、認知バイアスの一つです。ここで言う認知とは物事の受け取り方のことで、バイアスとは、考え方の偏りのことです。つまり正常性バイアスとは、異常事態が起きても、それを異常だと思わず、正常だ誤って感じてしまうことです。主に災害心理学で使われ、ネガティブな情報を無視したり、過小評価することを言います。比較的最近クローズアップさ...全文を表示
正常性バイアスについては以前も書きました(「正常性バイアス」)。


正常性バイアスとは、認知バイアスの一つです。ここで言う認知とは物事の受け取り方のことで、バイアスとは、考え方の偏りのことです。

つまり正常性バイアスとは、異常事態が起きても、それを異常だと思わず、正常だ誤って感じてしまうことです。

主に災害心理学で使われ、ネガティブな情報を無視したり、過小評価することを言います。比較的最近クローズアップされるようになりました。

かつては、災害になると人はパニックを起こすと言われていました。たとえば、火事の際に、大勢の人が非常口に殺到して、逃げ遅れると。ところが最近は、災害になっても人々は、大したことがないと思って、急いで避難せずに逃げ遅れることが多いと言われるようになりました。

これは正常性バイパスに基づいています。非常ベルがアンっても、また間違いかと思って驚きませんよね。

2003年に韓国で起こった地下鉄事故の際にも、煙が充満しているのに、乗客は座席に留まっていました。そのため198人もの方がなくなりました。

(火災などの際にも、「慌てて逃げるな」と繰り返しアナウンスされることも原因ではないでしょうか。駆け込み乗車は危険だとか)

映画タイタニックでは、船が沈みかけているのに、ボールルームでは楽団が演奏を続け、人々はダンスに興じていました。あたかも危険を蒸すすることで、沈没を防ぐことができるかのように。

ここでまず、不安の役割について考えてみます。

本来動物は、危険な状態を察知すると不安になります。不安は危険を避けるためのアラームと言っていいでしょう。

例えば、小さい時に犬に噛まれた人は、犬が怖がるようになります。大昔、人間が肉食獣と共存していた頃なら、大型肉食獣を恐れるのは当然ですよね。これは本能に組み込まれているはずです。

人間が犬を怖がらなくなるのは、犬は怖くない経験を、何度も繰り返すことによってです。これは、犬は怖いという本能が、犬は怖くないという第2の本能に置き換わったことを意味します。

これと同様に、人間は長い年月をかけて災害と戦い、その多くを克服してきました。川が氾濫しないように土手を作り、雷が落ちないように避雷針を発明したように。

それによって、かつては怖いものだった台風や雷を恐れなくて済むようになりました。

文明の発達によって、不安のアラームとしての価値が減ったのです。その結果、

逆に過度に不安になることによる弊害が生まれました。不安障害がそうです。

不安障害は、本来危険を避けるために発動される不安というアラームが過剰反応することによって起こります。

その反対が正常性バイアスです。

正常性バイアスとは、本来は逃げなければならない危険に対して、アラームが鳴らない状態と言えます。災害は怖くないという第2の本能が強くなりすぎた結果かもしれません。

危険の受け止め方にはグラデーションがあります。

同じことを体験しても、それを過剰に恐れるのが不安障害で、その反対に全然恐れないのが正常性バイアスです。

心療内科のクリニックに来られる方に圧倒的に多いのは不安障害です。本当は怖がらなくていいことを怖がりすぎる人達です。コロナを異常に怖がって一歩も外に出ることができない、コロナ恐怖症がそうです。怖がりすぎて日常生活を送ることが困難になっているんです。

で、それを克服るためには、健全な楽観主義を取り戻すことが大切だと以前書きました。

人間は、予期しない出来事に対して過剰に恐れない方が心が疲弊しなくていいんです。多少鈍感な方が生きていくうえで有利なんです。

不安障害の人は、鍵がかかっているかどうかを何度も確認したり、手が汚れていないかと心配して、何時間も手を洗い続けたりします。

その一方正常性バイアスの人は、コロナなんて風邪と同じだと言って、満員電車にマスクをつけずに乗って、平気で咳をしたり、大声で話すようなことをします。

イメージとしては、

不安障害と正常性バイアスの中間にあるのが健全な楽観主義と考えると分かり易いと思います。

正常性バイアスとは、つまり過度な楽観主義のことです。

文明の発達によって、安全性に対する神話が生まれました。原子力安全神話がそうです。

また、医学の発達によって、出産で命を落とす人は大幅に減り、出産を恐れる人は減ったのもそうです。だからと言って、医学の力を借りなければ、出産はいまだに危険なのは事実です。

大切なことは、過度に恐れてパニックを起こしたりせず、過度に楽観的になって何も対処しないのでもなく、冷静に状況を判断して、適切な対応を取ることです。

日本人は、世界一不安になりやすい民族です、それはセロトニントランスポーターの性能が他の人種より悪いからです。日本人のコロナによる死者が桁違いに少ないのも、これが原因の一つではないでしょうか。

ですが、コロナを恐れすぎると、経済が停滞して、自殺者が増えることも大きな問題です。


<最近感じる最大の正常性バイアスは、「良い大学に入って、良い企業に就職すれば一生安泰だ」と考える人がまだまだ多いことです。終身雇用も、年功序列も、退職金も、年金もなくなった現在、それがいかに危険なことかに気づかなければなりません>

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正常性バイアスについては以前も書きました(「正常性バイアス」)。


正常性バイアスとは、認知バイアスの一つです。ここで言う認知とは物事の受け取り方のことで、バイアスとは、考え方の偏りのことです。

つまり正常性バイアスとは、異常事態が起きても、それを異常だと思わず、正常だ誤って感じてしまうことです。

主に災害心理学で使われ、ネガティブな情報を無視したり、過小評価することを言います。比較的最近クローズアップされるようになりました。

かつては、災害になると人はパニックを起こすと言われていました。たとえば、火事の際に、大勢の人が非常口に殺到して、逃げ遅れると。ところが最近は、災害になっても人々は、大したことがないと思って、急いで避難せずに逃げ遅れることが多いと言われるようになりました。

これは正常性バイパスに基づいています。非常ベルがアンっても、また間違いかと思って驚きませんよね。

2003年に韓国で起こった地下鉄事故の際にも、煙が充満しているのに、乗客は座席に留まっていました。そのため198人もの方がなくなりました。

(火災などの際にも、「慌てて逃げるな」と繰り返しアナウンスされることも原因ではないでしょうか。駆け込み乗車は危険だとか)

映画タイタニックでは、船が沈みかけているのに、ボールルームでは楽団が演奏を続け、人々はダンスに興じていました。あたかも危険を蒸すすることで、沈没を防ぐことができるかのように。

ここでまず、不安の役割について考えてみます。

本来動物は、危険な状態を察知すると不安になります。不安は危険を避けるためのアラームと言っていいでしょう。

例えば、小さい時に犬に噛まれた人は、犬が怖がるようになります。大昔、人間が肉食獣と共存していた頃なら、大型肉食獣を恐れるのは当然ですよね。これは本能に組み込まれているはずです。

人間が犬を怖がらなくなるのは、犬は怖くない経験を、何度も繰り返すことによってです。これは、犬は怖いという本能が、犬は怖くないという第2の本能に置き換わったことを意味します。

これと同様に、人間は長い年月をかけて災害と戦い、その多くを克服してきました。川が氾濫しないように土手を作り、雷が落ちないように避雷針を発明したように。

それによって、かつては怖いものだった台風や雷を恐れなくて済むようになりました。

文明の発達によって、不安のアラームとしての価値が減ったのです。その結果、

逆に過度に不安になることによる弊害が生まれました。不安障害がそうです。

不安障害は、本来危険を避けるために発動される不安というアラームが過剰反応することによって起こります。

その反対が正常性バイアスです。

正常性バイアスとは、本来は逃げなければならない危険に対して、アラームが鳴らない状態と言えます。災害は怖くないという第2の本能が強くなりすぎた結果かもしれません。

危険の受け止め方にはグラデーションがあります。

同じことを体験しても、それを過剰に恐れるのが不安障害で、その反対に全然恐れないのが正常性バイアスです。

心療内科のクリニックに来られる方に圧倒的に多いのは不安障害です。本当は怖がらなくていいことを怖がりすぎる人達です。コロナを異常に怖がって一歩も外に出ることができない、コロナ恐怖症がそうです。怖がりすぎて日常生活を送ることが困難になっているんです。

で、それを克服るためには、健全な楽観主義を取り戻すことが大切だと以前書きました。

人間は、予期しない出来事に対して過剰に恐れない方が心が疲弊しなくていいんです。多少鈍感な方が生きていくうえで有利なんです。

不安障害の人は、鍵がかかっているかどうかを何度も確認したり、手が汚れていないかと心配して、何時間も手を洗い続けたりします。

その一方正常性バイアスの人は、コロナなんて風邪と同じだと言って、満員電車にマスクをつけずに乗って、平気で咳をしたり、大声で話すようなことをします。

イメージとしては、

不安障害と正常性バイアスの中間にあるのが健全な楽観主義と考えると分かり易いと思います。

正常性バイアスとは、つまり過度な楽観主義のことです。

文明の発達によって、安全性に対する神話が生まれました。原子力安全神話がそうです。

また、医学の発達によって、出産で命を落とす人は大幅に減り、出産を恐れる人は減ったのもそうです。だからと言って、医学の力を借りなければ、出産はいまだに危険なのは事実です。

大切なことは、過度に恐れてパニックを起こしたりせず、過度に楽観的になって何も対処しないのでもなく、冷静に状況を判断して、適切な対応を取ることです。

日本人は、世界一不安になりやすい民族です、それはセロトニントランスポーターの性能が他の人種より悪いからです。日本人のコロナによる死者が桁違いに少ないのも、これが原因の一つではないでしょうか。

ですが、コロナを恐れすぎると、経済が停滞して、自殺者が増えることも大きな問題です。


<最近感じる最大の正常性バイアスは、「良い大学に入って、良い企業に就職すれば一生安泰だ」と考える人がまだまだ多いことです。終身雇用も、年功序列も、退職金も、年金もなくなった現在、それがいかに危険なことかに気づかなければなりません>

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