さなぎ日記:あさなぎクリニック心療内科のブログです。こころの健康、コミュニケーション、おいしいお店や、映画のことも。

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あさなぎクリニック・心療内科の
院長ブログです。
こころの健康、コミュニケーション、おいしいお店や、映画のことも。

「小さなスナック」  by パープル・シャドーズ  

「小さなスナック」  by パープル・シャドーズ   サムネイル画像
僕が初めて君を見たのは、白い扉の小さなスナックひとりぼっちのうしろ姿の君のうなじがやけに細くていじらしかったよ「小さなスナック」 by パープル・シャドーズ   スナックが誕生したのは1964年だそうです。東京オリンピックにそなえて風俗営業への規制が強化され、軽食(スナック)を出すことで規制をクリアしました。客層は、地元の自営業者と出張族が多いです。独身の男性や、家庭以外に息抜きを求める男性が多く集ま...全文を表示
僕が初めて君を見たのは、

白い扉の小さなスナック

ひとりぼっちのうしろ姿の

君のうなじがやけに細くていじらしかったよ


小さなスナック」 by パープル・シャドーズ
   


スナックが誕生したのは1964年だそうです。東京オリンピックにそなえて風俗営業への規制が強化され、軽食(スナック)を出すことで規制をクリアしました。

客層は、地元の自営業者と出張族が多いです。独身の男性や、家庭以外に息抜きを求める男性が多く集まります。40代はまだひよっこ扱いです。

こういう形態のお店は日本にしかありません(アジアの国やハワイなど日本人が集まる街にはありますが)。

これって立派な文化の一つだと思います。

始めて行ったのは大学を卒業したての頃です。四谷に住んでいたので、荒木町にあったお店に良く行きました。

どんな仕事をやっているか分からないような、一風変わった大人が多かったです。何をやっているか分からない人ほど偉いみたいな感じです。謎のお金持ちみたいな(貧乏だったりしたかもしれませんが)。「俺は○○(芸能人)の弟で、赤坂で店をやっている(本当?)」みたいな。

遅い時間になると、新宿から流れてきた人や、当時は曙橋にあったテレビ局の関係の人が来たり。

若者の特権で、ごちそうしていただいたり、次の店に連れていってもらいました。

学生後期の頃って、オーセンティックなバーや、ジャズバーみたいな、ちょっと気取ったお店に行っていたので、新鮮でした(学生前期はディスコでした)。

その当時の強烈な印象の人を何人も覚えています。誰かと言うと差しさわりがありそうなので言いませんが。

で、30代になり甲府に帰って来て、甲府の中心の飲み屋街に目覚めました。荒木町そっくりなんですよ、これが。いやもっとディープかも。

集まる人種も驚くほど似ています。みんな「濃い人」なんです。もっともこういうところに集まるんですから、寂しがり屋が多いのでしょう。「ママ」とか言って甘えに来るわけですからね。

どのお店もそこを中心に小さなコミュニティが出来ています(あさなぎクリニックのリワークの参加者が、参加者同士のコミュニティを作るように)。これって癒しなんですよ。

お酒を出す心療内科、あるいは集団精神療法のグループみたいなものです。「ママ」がファシリテーターの。

コロナによる自粛によって、日本の優れた文化が消えてしまうのはもったいないじゃないですか。

1964年の東京オリンピックの年に生まれ、2020年の幻のオリンピックの年に消滅したなんて。

お店が再開するのを、首を長くして待っています。ブラキオサウルスのように。


<「別れても好きな人」もパープル・シャドーズの曲だったんですよ。ロス・インディオス&シルヴィアが有名ですが。耳に優しいGSですよね>


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僕が初めて君を見たのは、

白い扉の小さなスナック

ひとりぼっちのうしろ姿の

君のうなじがやけに細くていじらしかったよ


小さなスナック」 by パープル・シャドーズ
   


スナックが誕生したのは1964年だそうです。東京オリンピックにそなえて風俗営業への規制が強化され、軽食(スナック)を出すことで規制をクリアしました。

客層は、地元の自営業者と出張族が多いです。独身の男性や、家庭以外に息抜きを求める男性が多く集まります。40代はまだひよっこ扱いです。

こういう形態のお店は日本にしかありません(アジアの国やハワイなど日本人が集まる街にはありますが)。

これって立派な文化の一つだと思います。

始めて行ったのは大学を卒業したての頃です。四谷に住んでいたので、荒木町にあったお店に良く行きました。

どんな仕事をやっているか分からないような、一風変わった大人が多かったです。何をやっているか分からない人ほど偉いみたいな感じです。謎のお金持ちみたいな(貧乏だったりしたかもしれませんが)。「俺は○○(芸能人)の弟で、赤坂で店をやっている(本当?)」みたいな。

遅い時間になると、新宿から流れてきた人や、当時は曙橋にあったテレビ局の関係の人が来たり。

若者の特権で、ごちそうしていただいたり、次の店に連れていってもらいました。

学生後期の頃って、オーセンティックなバーや、ジャズバーみたいな、ちょっと気取ったお店に行っていたので、新鮮でした(学生前期はディスコでした)。

その当時の強烈な印象の人を何人も覚えています。誰かと言うと差しさわりがありそうなので言いませんが。

で、30代になり甲府に帰って来て、甲府の中心の飲み屋街に目覚めました。荒木町そっくりなんですよ、これが。いやもっとディープかも。

集まる人種も驚くほど似ています。みんな「濃い人」なんです。もっともこういうところに集まるんですから、寂しがり屋が多いのでしょう。「ママ」とか言って甘えに来るわけですからね。

どのお店もそこを中心に小さなコミュニティが出来ています(あさなぎクリニックのリワークの参加者が、参加者同士のコミュニティを作るように)。これって癒しなんですよ。

お酒を出す心療内科、あるいは集団精神療法のグループみたいなものです。「ママ」がファシリテーターの。

コロナによる自粛によって、日本の優れた文化が消えてしまうのはもったいないじゃないですか。

1964年の東京オリンピックの年に生まれ、2020年の幻のオリンピックの年に消滅したなんて。

お店が再開するのを、首を長くして待っています。ブラキオサウルスのように。


<「別れても好きな人」もパープル・シャドーズの曲だったんですよ。ロス・インディオス&シルヴィアが有名ですが。耳に優しいGSですよね>


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