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ビュリダンのロバ あるいは、配偶者の選択

ビュリダンのロバ 


とても賢いロバがいた。間違ったことはしない。

ある日彼はおいしそうな干し草を見つけた。その反対方向にも干し草があった。

ロバは、どちらに行くべきか迷ってしまう。どちらも美味しそうで、距離も変わらない。

頭のいいロバはどちらを食べるか判断できないまま立ちつくし、餓死してしまう。
 

一方を選ぶともう一方を選ぶことができない場合に人は悩みます。どちらを選ぶのが正解だったは、選んでみなければなりません。

女性が、結婚相手として二人の魅力的な男性の選ぶかを迷って決められず、結婚しないということってありますよね。

ミュージシャンになる夢と起業家になる夢を選ぶことができず、結局どちらもにもチャレンジすることなく後で後悔するとか。

どちらがいいか本当のところは分かりませんが、腹を括ってどちらかを選び、その選択が正しいと信じて進むしかありません。


<うつ病になると決断ができません。この仕事を続けるのがいいか、仕事を変えるのがいいか。その場合には、選ぶことはちょっと先延ばしにして、具合が良くなってから選ぶといいでしょう>


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一夫一妻

一夫一妻

(文化人類学的には?)


 ・男性は女性が好きな、
 ・女性はお金が好きな、生き物です。

 ・夫は妻が浮気しないように見張り、
 ・妻は夫が他の女にお金を使われないように家計を見張ります。

 ・男性はお金を持つとハーレムを作りたがり、
 ・妻は宝くじが当たると夫と離婚したがります。

 ・男性は飽きるほど女性にモテるなら、(おそらく)妻の浮気に寛大で、
 ・女性は使い切れないほどの財産を夫が持っていれば、(おそらく)夫の浮気に寛大でしょう。

そんな風にホモサピエンスの一夫一妻制が出来上がったのではないでしょうか。

伊藤 野枝さんは自由恋愛の神様です。

伊藤 野枝さんは、今から94年前(1923年)に亡くなりました。28歳でした。


伊藤野枝



甘粕事件で大杉栄さんとともに殺害されたのです。

日本のフェミニストの先駆者で、無政府主義者で作家でした。堂々と不倫をし、結婚制度に異を唱え、中絶や貞操をテーマに評論や小説を書きました。

<伊藤野枝さんの生涯です>

福岡県で生まれました。7人兄妹の第3子(長女)。瓦職人の父は放蕩者でお金がなく、小2の頃に一時叔母の家に預けられました。

小学校を卒業して、地元の郵便局に勤めながら雑誌に詩を投稿しますが、東京に憧れ、東京の叔父(代準介)の元に行きます。

上京の翌年、上野高等女学校に1年飛び級で編入し、英語教師の辻潤さんと知り合います。

上野高女を卒業して実家に戻り、親の決めた相手と結婚したものの、8日後に上京して辻潤と同棲し、その後結婚します。

そして、青鞜社(平塚らいてう:「原始、女性は実に太陽であつた」)に通い、新しい女性(与謝野晶子さんや、岡本かの子さん)と知り合って刺激を受けます。

「吹けよ、あれよ、風よ、嵐よ」 by 伊藤野枝

その後、「青鞜」の編集・発行人となり、文芸雑誌から女性批評誌に変え、廃娼運動を偽善として批判しました。

その後、夫の辻潤さんと離れ、大杉栄さんと同棲します。大杉さんはアナキズムの中心人物でしたが、事実婚の妻の堀保子さんと、神近市子さん(東京日日新聞記者)という愛人もいたので、四角関係になりました。

市子さんは葉山の日蔭茶屋という旅館で大杉を刺して(「日蔭茶屋事件」)刑務所に入り、大杉さんは保子さんと別れたので、野枝さんは四角関係の勝者なりました。

市子さんは大杉さんのパトロンだったので大杉さんは困窮しました。「そんな事件もあり「青鞜」は廃刊となりました。

野枝さんは、5人の子供を産む一方で、大杉さんと「文明批評」「労働運動」を創刊し、「婦人労働者の覚醒」、「自由母権の方へ」を発表し、ウーマンリブの先駆者となります。

関東大震災で混乱する中、大杉栄さん、大杉さんの甥(橘宗一)とともに憲兵に連れ去られて虐殺されました(甘粕事件)。

彼女を「自由恋愛の神様」と慕う人々が、命日の9月16日に静岡市の沓谷霊園にある彼女の墓前に集います。




正しければいいというものではない、と思うようになりました。

正しければいいというものではない、と思うようになりました。


医者になりたての頃は、頭でっかちでした。

「ある病気にはある薬が効く」というエビデンスがあると、薬を飲みたくない患者さんも必死で説得していました。

患者さんが指示に従わないと沽券にかかわるというような、子供っぽい思いもあったのでしょう。

ですが、無理に説得しても患者さんは良くなりません。心の疾患の場合にはプラセボ効果が大きいので、いやいや飲んでも効きません。

仕事を続ける(辞める)、離婚する(やり直す)などの判断もそうです。多くの人の目には明らかに離婚する方がいいように見えても、ご本人は離婚をためらう場合があります。

そういう時にも説得はしないようになりました(緊急性がない場合です)。

急いで決めずに、少し間をおいてから考えましょう、と言って一時棚上げにします。そうしていると、

「あれから考えたんですけれど、やっぱり離婚することにしました」と自分で決める場合があります。もちろん自分で決める方がいいです。

時間を引き延ばして、その間は白黒をはっきりつけないというやり方です。せっかちさんには向かないんですけれど。


統合失調症について

統合失調症についての講演を依頼されました。久しぶりです。


統合失調症についてお話した経験はこの6年間で3回だけです。認知症、AHHD、社交不安症、うつ病、不眠症、リワークなどが多いテーマです。いい意味で統合失調症は旬の疾患ではないのかもしれません。

以前は「精神分裂病」と呼ばれていました。2002年8月の日本精神神経学会で「統合失調症」に変更されました。

「精神分裂」という病名には誤解や偏見が纏わりついていたからです。なったら治らない。病院に一生閉じ込められる。家族がなったら結婚できない。などです。

ご家族やご本人に病名を告げることはためらわれました。落胆が目に見えたからです。仕方なく「分裂病にならないように、ちゃんと治療しておきましょう」などと言って誤魔化していました。

1952年にクロールプロマジン(ドーパミン遮断薬)が発売され、幻覚や妄想を抑えられるようになり、閉鎖病棟に入院していた患者さんの多くが退院できるようになりました。もっとも「頭が働かない」などの副作用のために服用を中断して、病院に逆戻りする患者さんが大勢いました。

その後、1996年4月に世界から12年遅れて新しい抗精神病薬のリスぺリドン(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)が発売されました。意欲の低下や錐体外路症状(体の震え、じっとしていられない)などの副作用の少ない薬です。患者さんは薬を飲み続けることができるようになり、自宅で生活する方が多くなりました。

2002年にはアリピプラゾール(ドーパミン部分作動薬)が発売されて、自宅療養から社会復帰できる方がとても増えましました。

近年、統合失調症は軽症化しています。早い段階で治療するので重症化しないという面もあるでしょう。予約制のクリニックなので、緊急を要する急性期の方は少ないということもあるでしょう。ですがそれだけではないように感じます。精神科病院を来院する初診患者さん(重症の患者さん)は減っていると最近お聞きしました。

ご自分で来院する方が増えました。うつ病ではないかと思って来る方も、統合失調症を疑って来る方もいます。以前は大勢の家族に連れられて来たり、警察官に伴われて来ることが少なくありませんでした。

病識がある方が多いので、外来で治療するのが一般的になりました。「人格が荒廃する」ような方は外来ではまず見かけません。ビューティフルマインドのように映画で取り上げられたり、ハウス加賀谷さんのように自ら病気であることを明らかにする芸能人もなども増えています。

最近では、病名を告知するのが普通になりました。いい薬があるので、しっかり治療すれば十分に社会生活を営むことが可能だと説明することができるようになりました。隔世の感があります。

地域や文化に関係なく約1%の人がかかるありふれた病気です。病気の原因はまだ分かっていませんが、遺伝と環境が発症に関係しています(一卵性双生児の一致率48%)。10代~20代に発症する人が多いですが、女性の場合には40代~50代で初発する方も少なくありません。環境からのストレスやホルモンの影響などが関係します。

統合失調症の治療の歴史は、薬物療法の進歩の歴史だと思います。その意味では医療が果たした役割は多くはないと思います。

今でも県が実施する実地審査など際には、精神科病院に行き、精神保健指定医として患者さんを診察する機会があります。治療法が洗練されていなかった時代に病気になって、何度も再発を繰り返して病院に長期間入院している方々を目にします。

今だったら多くの方が社会に出て活躍していたのに、と思うと複雑な気になります。

学生の頃、一番興味があった疾患は統合失調症でした。普通の人がうかがい知ることのできない不思議な世界を体験している人に対する純粋な興味でした。精神病理学の先駆者達の書物を繙いては想像を膨らませていました。

最近では、統合失調症に関する本や論文を読むことは激減しました。統合失調症がかつて纏っていた神秘のベールが取り除かれたからです。

3年前に調べた時点では、あさなぎクリニックの初診の患者さんの2.8%が統合失調症で、通院している方の85%が職業を持っていました(定年で引退した方や子育て中の主婦も含みます)。他の疾患に比べて転職が少ない傾向があります。

お薬を飲み続けなければならない疾患なので、通院患者さんに占める統合失調症の方の割合は、現在はもっと増えているはずです。

紹介状に「統合失調症」と書いてなければ、まったくそんな風に思えない方が大勢います。管理的な業務をしていたり、専門職についている方も少なくありません。

<そんなわけで、統合失調症に関してはこれはというようなトピックスは知りません。これもいいことなんだと思います>



プロフィール

ドクターサナギ

Author:ドクターサナギ
「あさなぎクリニック」心療内科・精神科・メンタルクリニックの医師です。反田克彦(そりた・かつひこ)と申します。クリニックは山梨県甲府市の蓬沢町にあります。国道20号(甲府バイパス)の近くで、石和や八代(笛吹市)や甲州市からも、大月や都留、南アルプス市や韮崎、北杜市からのアクセスも良好です。臨床心理士によるカウンセリング、うつ病の復職支援施設・リワークポルト、あさなぎカフェも併設されています。

本を読んだり、音楽を聴いたり、昔の映画を見るのが好きです。どうぞよろしく。

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