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「アスリート」  ハワード・シャッツ

ハワード・シャッツ




ハワード
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東京オリンピック1964年

東京オリンピック1964年


一番覚えているのは、重量挙げの三宅義信選手です。

金メダル第一号だったし、教室でみんなで応援しましたから。「ジャーク」という言葉は今でも覚えています。

その次は、圧倒的な強さだった東洋の魔女です。


東洋の魔女


鬼の大松監督率いる女子バレーボールチームの強さは、世界中から魔女として恐れられていました。

必殺の回転レシーブです。

主将の河西選手は山梨出身でした。いやー盛り上がりました。



それ以外はむしろ外国人選手が印象に残りました。

 ・アベベの速さは圧倒的でした。ローマでは裸足で走って優勝ですからね。

 ・チャフラフスカの美しさは別格でした。

 ・ヘーシンクは神永を打ち砕きました。


ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番   by 浅田真央

ラフマニノフのピアノ協奏曲は、3番がホロヴィッツなら、2番は浅田真央ちゃんです。



浅田真央 ラフマニノフ

ソチオリンピック・フリースタイルで浅田真央さんは伝説を作りました。 

「自分でもっているものをやらないで勝っても全然楽しくない」


Late stablemaster Naruto ‘believed in Kisenosato’

稀勢の里


It has been 15 years since Kisenosato wrote in his junior high school graduation essay, “I will defeat a genius through my efforts.”

On Sunday, the last day of the New Year Grand Sumo Tournament, the 30-year-old ozeki won his first Emperor’s Cup, and is now seen as certain to become the first Japan-born sumo wrestler to be promoted to yokozuna in 19 years since Wakanohana III.

Kisenosato has realized a dream he pledged to his late stablemaster Naruto. “I will continue to believe in my sumo and make efforts to become stronger so that I can perform at my best,” he said in tears.


<稀勢の里、やったね!>


箱根駅伝

箱根駅伝、いいですよね。


箱根駅伝1987年


お正月といえば、箱根です(今回は手前味噌な話ですがお許しください)。

最初に意識したのは、1986年の第62回大会でした。当時は順天堂伊豆長岡病院(静岡病院)で内科の研修をしていました。

1月2日の早朝、帰省していた山梨の実家に電話があり、病院に連れ戻されました。担当の患者さんの容体が変化したからです。

その車中でNHKラジオを中継を聴きました。往路は早稲が征しました。順天堂は5位でした。

早稲田は翌日の復路も独走し、最終ランナーにタスキをつなぎました。順天堂は7区で2位に順位を上げてからは、じりじりと早稲田との差を詰めて最終ランナーに託しました。

逆転で順天堂が優勝しました。アドレナリンが吹き出しました。

10区での逆転優勝は15年ぶりでした。沢木監督率いる順天堂がその後4連覇するスタートの年になりました。

翌1987年の第63回大会から、日本テレビが放送を開始しました。これはスポーツ中継における画期的な出来事でした(「箱根駅伝 不可能に挑んだ男たち」by原島由美子)。

撮影した画像を送るマイクロ波は直進しかしないので、途中に葉っぱ1枚あるだけで電波が届かなくなります。箱根はカーブの連続です。悪天候でヘリが飛ばないことを想定して、近くの山に中継基地が作られ、人力で50キロもの機材をいくつも運び上げました。道なき道を何往復もして。

この時は、山梨でテレビを見ていました。順天堂はその年も9区で逆転して優勝しました。逆転は順天堂とのお家芸になりました。

この第63回大会は、山梨学院大学が初出場した年でもあります。山梨学院の上田監督は、沢木監督に憧れて順天堂に入り、沢木監督に推薦されて山梨学院の監督になりました。

創部2年目での箱根出場は快挙以外のないものでもありません。しかも箱根メンバー10人のうち9人が1年生でした。

その5年後の第68回大会で、山梨学院は3区で1位の順天堂から首位を奪い、そのまま首位を明け渡さずにゴールのテープを切りました。その後、応援するチームが2つになりました。


箱根駅伝は1920年(大正9年)に始まりました。

第2次大戦中は中止になりましたが、第22回大会は苦肉の策として、「靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会」という名称で実施されました。ゴールしたランナーを全員が祝福しました。もう2度と走れないと覚悟していたからです。多くの選手が学徒出陣で命を落としました。

単なるスポーツ大会ではありません。学生の主催です。今昔物語に登場する往年のランナーの静かで熱い言葉が心に沁みます。アナウンサーの絶叫はありません。番組には芸能人は一人も登場しません。それが箱根の魅力です。



プロフィール

ドクターサナギ

Author:ドクターサナギ
「あさなぎクリニック」心療内科・精神科・メンタルクリニックの医師です。反田克彦(そりた・かつひこ)と申します。クリニックは山梨県甲府市の蓬沢町にあります。国道20号(甲府バイパス)の近くで、石和や八代(笛吹市)や甲州市からも、大月や都留、南アルプス市や韮崎、北杜市からのアクセスも良好です。臨床心理士によるカウンセリング、うつ病の復職支援施設・リワークポルト、あさなぎカフェも併設されています。

本を読んだり、音楽を聴いたり、昔の映画を見るのが好きです。どうぞよろしく。

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